2024年に公開され、第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に史上最年少で選出された話題の映画『ぼくのお日さま』。監督・脚本・撮影・編集を手がけたのは、『僕はイエス様が嫌い』で第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史監督。そして主演には、実力派俳優の池松壮亮を迎えた、奥山監督の商業映画デビュー作です。
雪が舞い散る静かな田舎町。ホッケーが苦手で吃音に悩む中学生のタクヤ(越山敬達)は、フィギュアスケートの練習に励む同級生の少女さくら(中西希亜良)に心を奪われます。ドビュッシーの「月の光」に合わせて優雅に滑るさくらの姿に魅了されたタクヤは、フィギュアスケートへの興味を募らせます。
ある日、タクヤはさくらのコーチであり、元フィギュアスケート選手の荒川(池松壮亮)に出会います。タクヤがフィギュアのステップをホッケー靴で何度も挑戦する姿を見た荒川は、彼の思いを感じ取り、フィギュアスケートの練習をサポートすることを決意します。やがて、荒川の提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習を始めることに。二人のフィギュアスケートを通じた淡い感情の交流と成長が描かれていきます。
『ぼくのお日さま』は、中学生という思春期の微妙な感情を丁寧に描いた作品です。まだ恋というには少し早い、淡くて朧げな感情が、純真なふたりの間でゆっくりと育まれていきます。タクヤが吃音という障壁を抱えながらも、フィギュアスケートを通じてさくらへの思いを伝えようとする姿には、観客も自然と彼を応援したくなるでしょう。
彼の一途な姿は、観ている私たちにも「好き」という気持ちの純粋さを再確認させてくれます。特に、甥っ子が吃音気味な私にとっては、タクヤの成長を見守ることが個人的にも胸に刺さる体験でした。
荒川コーチ役を演じた池松壮亮の演技は、この映画の見どころのひとつ。驚くべきことに、撮影前はスケート未経験だった池松ですが、練習を重ねた結果、フィギュアコーチとしての自然な存在感を完璧に表現しています。彼の演技は、タクヤとさくらの成長を優しく見守り、時に厳しくも温かい指導者としての慈愛に満ちたもので、映画全体に穏やかな空気をもたらしています。
本作のもう一つの魅力は、フィギュアスケートの舞台となる雪景色の美しさと、繊細な音楽です。主題歌として使用されるのは、音楽デュオ「ハンバート ハンバート」が2014年に発表した同名楽曲『ぼくのお日さま』。フィギュアスケートの滑る音と、ドビュッシーの「月の光」が調和するシーンは、この映画が持つ透明感と繊細な感情表現を象徴しています。
また、窓から差し込む柔らかな陽光や、フィギュアスケートの練習シーンで交わされる心と心が、観客の心を優しく包み込みます。この映画は、一瞬一瞬の細やかな感情を大切に描く「眼差しの映画」でもあり、登場人物たちを見守る優しい視線が作品全体に流れています。